Project of
MASUNAGA G.M.S.

コンセプトストーリー

増永 悟

増永と産地の財産。100年の物語を、じっくりと感じてほしい。

増永眼鏡株式会社 代表取締役会長
増永 悟〈ますなが さとる〉

私たちが作るべき、「過去を語る商品」。

 過去、現在、未来を語る商品をつくる。これは、創業100周年を迎えるにあたり私たち増永眼鏡が掲げたテーマです。このうち「過去を語る商品」として作り出されたのが、昭和天皇献上品のリメイク・G.M.S.でした。
 昭和天皇献上品とは、1933年9月、昭和天皇が福井の地に訪れた記念に献上された逸品です。セルロイド製2本と20K金無垢1本の3本を指します。(弊社には同様の品が1セットあります)。福井県のメガネ作りは、弊社の初代・増永五左ヱ門が冬場でも現金収入が得られる手内職を福井に根付かせようと起こしたことが発端です。それ故に、弊社が献上品の製造を県から任せられたことは当然の流れだったことと推測します。
 当時は天皇が現人神(生きながらにしての神)と言われた時代です。行幸された先で拝顔することすら恐れ多いとされる中で、献上品を製造することは大変なことでした。


約80年の時を経ても、輝きを放ち続ける奇跡。

 弊社には、こんな逸話が残っています。献上品の製造担当となったふたりの職人は、毎朝出社すると禊(みそぎ)をし、白装束に着替えて製造を行っていた、と。その製造現場は、五左ヱ門ですら立ち入ることのできない神聖な場所であったとのことです。職人は「変な物をこしらえたら切腹する」くらいの覚悟で臨んでいたのではないでしょうか。
 そうして誕生した献上品は、約80年の時を経た今もほとんど劣化せずにまばゆい姿を見せています。セルロイドの素材は、20〜30年で劣化するのが通常です。しかし、献上品はセルロイドだけでなくどこも劣化も変色もしていません。桐のケースに納められているとはいえ、職人の魂がそうさせているとしか思えないのはきっと私だけではないでしょう。この献上品のリメイクを生み出すわけです。並大抵の意欲で臨めないことは当然でした。


中途半端にはできない。それが献上品への礼儀。

 100年の過去を物語る商品をつくるためにー。私は、献上品を現代の素材と最先端技術を用いて表現することに決定し、技術研究部に一つの指示を出したのです。βチタンと金を接合するという前人未踏の技術を開発してほしい、と。弊社には、形状記憶素材と異種金属の接合という世界中どこも成し得ない技術が蓄積されており、この技術をベースにすれば可能であると考えたのです。技術スタッフは見事この要望に応え、βチタンと金の接合に成功してくれました。
 全体的には、献上品の風合いと中身のバランスに特に注意を払っています。見た目だけでなく、品質でも本物に近付かなければ意味がありませんでした。だからこそ、100周年の発表時には「縄手」(ケーブルテンプル)はあきらめました。一応のものはできていましたが、なめらかさだとか弾力は本物に及びもしなかったのです。


増永眼鏡と産地が一体となり生み出した宝。

 縄手は社内では解決できず、地元の鯖江市内で脈々と縄手技術を受け継いでいらっしゃる方の力をお借りして完成。100周年より1年半遅れて、2007年に縄手タイプの発表に至りました。その時に感じたのは、技術はお金に代えられないということです。身体で覚えた技術はどこまで継承できるかわかりません。かけがえのない輝きがG.M.S.には込められています。
 今そのG.M.S.に新しく「999」という商品が加わりました。こちらは、献上品の現代版リメイクではなく、「献上品そのものをかけたい」という、お客様のご希望に応えて生まれました。昭和天皇に献上したバックストーリーが生き生きと蘇る逸品です。G.M.S.そして、999。これらの商品は、私たち増永眼鏡だけの記念品ではないと考えます。増永眼鏡と産地全体が残し得た宝だと確信しています。