Project of
MASUNAGA G.M.S.

開発ストーリー

早苗 節朗

G.M.S.の製造は、大いなる先人の軌跡をたどる時間だった。

増永眼鏡株式会社 開発部 リーダー
早苗 節朗〈さなえ せつお〉

まだ誰も成し得ていない、接合技術開発への挑戦。

 「約80年前に生まれた昭和天皇献上品を現代に蘇らせる」という増永眼鏡・創業100周年事業として実施されたG.M.S.プロジェクト。
 復刻におけるテーマとなったのは、そのまま蘇らせるのではなく現代人に愛着を抱いてもらうことと、現代の素材と最先端技術を用いて表現すること。そこで浮かび上がったのが、18金とβチタンの接合技術の開発でした。増永社長が「ぜひ開発してほしい」と技術研究部に訪れたのは、100周年を迎える2005年の約1年半前です。
 18金とβチタンの接合で大きな問題となったのは、金とβチタンの二素材間にある大きな融点の差でした。金は溶ける温度が低く、βチタンは高いため、接合は困難を極めたのです。しかし弊社には、世界に先駆けて開発した形状記憶合金と他合金の直接接合技術があり、このノウハウをベースに接合は徐々に成功へと向かいました。


追究するほどに感じる、先人の偉大な技術力。

 18金とβチタンの接合と同様に難関な技術開発は、他にもありました。そのひとつが「縄手」の製造です。耳に巻き付くしなやかな弾力性や一本の髪の毛すら挟まることのない緻密さからは、先人の技術力の偉大さを感じずにはいられません。
 芸術ともいえるこの縄手の製造が、弊社のみの機械および技術では実現不可能だとわかるまでに時間はかかりませんでした。私たちは、古くから縄手製造を行っている企業へ製造を依頼しましたが、ベテランの縄手職人でも独特の「しなやかさ」はそう簡単には出せません。焦りの中で100周年の時はじわじわと迫ります。中途半端な商品化を許さなかった私たちは、2005年に発表されたG.M.S.への縄手の採用をついに断念したのです。しかし、縄手自体をあきらめたわけではありませんでした。縄手の完全なる再現に向け、引き続き研究は続行していたのです。


極められたしなやかさを、現代に再現せよ。

 縄手の構造は、細い金の芯に3本の金の線を右巻きに巻き付け、さらに3本の金の線を左巻きに巻き付けることで仕上げられています。これを精芯機という機械で叩いて目を詰め、専用の鉄棒に巻き付けて引っ張ることで弾力性を持ったしなやかなカーブが生まれるのです。縄手職人がこの工程を何度も検証し、繰り返し行った末に縄手は完成しました。縄手を採用したG.M.S.は、100周年より1年半ほど遅れて2007年にこの世に産み落とされたのです。
 また、しなやかさと安定感の追求にもこだわりました。私たちは、このメガネになめらかなラインと耐久性を同時に兼ね備えさせるため、18金とβチタンの複合材にスェージングプレス加工(冷間鍛造)を実施しました。使用が困難な複合材の強度を高めつつ、同時にバネ性も高めていったのです。多彩な挑戦の上に、G.M.S.は完成しています。


さらなる極限を目指した、次なるG.M.S.「999」。

 昭和天皇献上品を現代人に合わせて復刻したG.M.S.のオーナーから、ひとつの声が届きました。「天皇献上品そのままのデザインのメガネが欲しい」。私たちはオーナーの希望に答える形で、献上品そのままのメガネづくりを開始しました。それが「999」です。
 極度に細い溝(レンズをはめ込む枠)の生成、金の蝋付け、希少なセルロイドの確保、薄く切り出した桐製のメガネケースなど、ひとつひとつ問題を乗り越えていきました。999とは「これ以上先はない限界点」の意であり、どこまでも先人の軌跡に迫った逸品です。オーナーとなられる皆様には、ぜひ末永く愛していただきたいと願っています。